ログイン目を開ける。眼前に開かれたそこはもう、先ほどまでの草原などではなく。どこかの街中の雑踏の中だった。
そして、皇が地に足がつく感覚を自覚した瞬間だった。
「あっ、ぐっ、おえっ……」
大腸が捩じ切られて、その中のものが胃にまで逆流する感覚。その嘔吐感に思わず皇は蹲ってしまう。そうして、人混みの雑踏の中で蹲りながらえづいていれば———。
「はっはっはっ、初回ログインの慣例を受けてやがるな」
それは聞き覚えのある、親友の声だった。だが、その親友の声ですら脳みそを揺さぶる材料にしかならなくて。
ひたすらにその嘔吐感が通り過ぎるのを皇は待った。そして、ひとしきり苦しんだところで、体が慣れたのかスーッ、と苦しさが引いていく。
「は、は……はあ……」
胃の中に何も入ってないのに、ゲームだというのに。
(ッ……なんだこの苦しさは)
あまりにも生々しすぎてこれを毎度と言われたらログインに躊躇うぐらいの強烈な慣例だった。
皇はふらふらとしながらゆっくり立ち上がり、薊を見る。
「んな不安そうな顔すんなって!誰だって通る慣例だって!ちなみに俺は半月ほど毎回吐きそうになりながらログインしたぜっ」
「マジか……ん?」
「ん?」
「と言うことは、この慣例もいつかはなくなるのか?」
そう問いかければ、薊……いや、此処ではアザカか。アザカはニッ、と歯を見せて言うのだ。
「当たり前よっ!んな、毎回毎回地獄の苦しみを味わうゲームは普及しねえよ!」
ああ、まあそれは確かに。皇は1人納得をしながら、手をぐーぱーと動かす。
現実で生きている感覚とあまり変わらなくて、俺はそのことに改めて驚いてしまう。
「どうだ?初AWM?」
「んー……早速システムの不具合を疑った?」
「はあ?」
なに言ってんだ、という顔をするアザカに対して、皇は先ほど見たものを説明する。驚異の適合率100%の話を。
「いや、でもなあ、うん……」
「ん?」
「いや、てめぇは後ろを向きすぎって話だな。このゲームは構築するために巨額の金が使われてて、その精度と言えば医療業界からオファーが来るほどなんだと」
「あ、来てるんだ」
「おうよ。で、そんな精密な機械が適合率とかいう大事な数字を見誤る訳がねェ!……で、その上でなんだが」
「うん」
皇が鼻を鳴らしながら頷けば、アザカは燦々と輝く太陽を指さしながら言うのだ。
「これは現実でなにも発揮できなかったてめぇの本当の才能なんじゃねぇか?」
「いや、いやいや、だって、適合率ってようはどれだけ現実と同じ動きがラグなくできるか、ってことだろ?現実の俺がラグなくできたってところで……」
そこまで言うと、アザカが肩をガッと掴んで顔を寄せてくる。
(近い近い、ムサい)
「てめえ、間違ってんぞ。適合率っていうのは現実とゲームのシンクロ率じゃねえ」
「ち、近いって」
(マジでムサいって)
「適合率はこのAWMへの適合率!この世界で一番自由なのはてめぇってワケだ!現実でできなかったこともきっとてめぇは此処で成し遂げるんだぜ!ははっ、まさにてめぇの……ヴィクトのための世界じゃねえかよ!」
豪快に笑うアザカ。その論に皇は圧倒された。この世界で一番自由なのが皇で、此処は皇のための世界。
そう思うとなんでもできるような全能感、早くそれを試してみたい焦燥感に駆られる。
「で、……じゃあ、早速その適合率100%を試そうぜ?どうやって金を稼げるんだ?」
皇がそう問いかけると、アザカも悪い笑みをうかべて言うのだ。
「焦るんじゃねェ。まずは適合率がどんだけ高かろうが、初期装備じゃ話にならねぇ……そうだな、さっきの慣例がもう一回来ないことの確認も踏まえてまずは街を見て回るのがいいだろうな」
「その1秒でうん万稼げるかもしれないのにか?」
「てめぇ……このゲームを甘く見過ぎだぜ」
こつん、と額を叩かれる。それにちょっとオーバーなリアクションを取りながら言うのだ。
「甘く見過ぎ?所詮はゲームだろ?死んだらリスポーンして終わりだろ」
「あめぇ!!てめぇの元カノの金の見通しぐらいあめぇ!!」
(ああ、確かに瑠奈の金の見通しは甘かったな)
困れば皇を揺すれば金が落ちてくると思ってたのは知っている。
「このゲームにはデス・ペナルティが存在するんだ」
「て言っても、所持金減少とかだろ?」
「所持金はおろか、所持アイテム・装備が全部その場にドロップして、24時間のログイン不可だ。いくら稼いだところで死んだら元も子もねぇってことだな」
「うわ、厳しい……」
そこで、皇は「あれ」と声を上げた。
「……もしかして、このゲームPvPって……」
「推奨はされてねぇが、稼ぐ方法としては存在してるな。だからあめぇんだよ、てめぇは」
それはアザカの言うことに納得である。もし、初期装備が大金持って歩いていたらそれはもう体のいい鴨である。鴨がねぎを背負ってるどころではない。鴨が金塊背負ってると言ってもいいだろう。
確かにそれは装備もまともに揃えて……少なくとも、最近始めたばかりのビギナーだと舐められないようにしなくてはいけない。
皇は諦めたように息を吐きだす。
「しょうがない、装備を見繕うか」
「おう!そう言うと思ったぜ……ちなみになんだが……」
歩き出したアザカについていく。
「いつかお前とこのゲームをやりたくてな。お前のために〝大物〟を用意してある……んだが、ちょっとそれをお披露目するために、時間をくれ!用意できたらゲーム内のメッセージから呼びかけるからよぉ!」
両手を顔の前で合わせて、申し訳ない!という顔をするアザカ。
(まあ、確かに俺がログインできると分かったのも急だったし)
そういうことなら時間が必要だろう、と1人皇は納得をする。
「じゃあ、俺は適当に街をぶらぶらと見て回るか。大物、期待してるからな」
「おう、期待しててくれ!じゃあ、またあとでなー」
「おー」
そんな会話を取り交わし、人混みに紛れていくアザカを見送る。
そんなアザカに恩義を感じつつ、皇もゆったりと街の中を歩きだした。
(さて、どこをブラつくか)
此処は始まりの街と言うらしいが、……まさか、街内でプレイヤーに殺されることもないだろう。
気を抜いて、歩き出す。
そうして、街の中をふらふらとしていると人とぶつかった。
「あ、すみませ」
そこまで言って、声が止まる。理由は簡単だ、ぶつかった相手が人差し指で皇の唇を止めてきたから。
ついつい、声が止まる皇。先ほどの案内NPCほどではないが、それにしても妖艶な女性だった。甘えた感じではないが、クールですっきりとした、いかにも一晩割り切りをしてくれるタイプの女性に見えて。
その女性は皇に対して見せつけるようにその割れた舌で唇を舐めずっていうのだ。
「ついてくる?」
それは男の本能を刺激するには十分で。ましてや、今日は嫌なことが多すぎた。ゲーム内で数時間女を買うぐらい許されるだろう。
そう自分を正当化して、皇はごくり、と唾を呑んだ。すると、女は路地裏に誘うように入っていって。
皇は初期装備、お金も最初の配布の1万ネントしかない。もし、プレイヤーキル狙いの人間でも俺は最初の装備を失うだけでしかない。
それなら……と俺の本能がゆったりと足を動かす。
(今日はツイてないやら、ツイてるやら……)
そんなことを思いながら、ゆっくりと誘蛾灯に集まる蛾のように路地裏に入っていくのだった。
目を開ける。眼前に開かれたそこはもう、先ほどまでの草原などではなく。どこかの街中の雑踏の中だった。 そして、皇が地に足がつく感覚を自覚した瞬間だった。「あっ、ぐっ、おえっ……」 大腸が捩じ切られて、その中のものが胃にまで逆流する感覚。その嘔吐感に思わず皇は蹲ってしまう。そうして、人混みの雑踏の中で蹲りながらえづいていれば———。「はっはっはっ、初回ログインの慣例を受けてやがるな」 それは聞き覚えのある、親友の声だった。だが、その親友の声ですら脳みそを揺さぶる材料にしかならなくて。 ひたすらにその嘔吐感が通り過ぎるのを皇は待った。そして、ひとしきり苦しんだところで、体が慣れたのかスーッ、と苦しさが引いていく。「は、は……はあ……」 胃の中に何も入ってないのに、ゲームだというのに。(ッ……なんだこの苦しさは)あまりにも生々しすぎてこれを毎度と言われたらログインに躊躇うぐらいの強烈な慣例だった。 皇はふらふらとしながらゆっくり立ち上がり、薊を見る。「んな不安そうな顔すんなって!誰だって通る慣例だって!ちなみに俺は半月ほど毎回吐きそうになりながらログインしたぜっ」「マジか……ん?」「ん?」「と言うことは、この慣例もいつかはなくなるのか?」 そう問いかければ、薊……いや、此処ではアザカか。アザカはニッ、と歯を見せて言うのだ。「当たり前よっ!んな、毎回毎回地獄の苦しみを味わうゲームは普及しねえよ!」 ああ、まあそれは確かに。皇は1人納得をしながら、手をぐーぱーと動かす。 現実で生きている感覚とあまり変わらなくて、俺はそのことに改めて驚いてしまう。「どうだ?初AWM?」「んー……早速システムの不具合を疑った?」「はあ?」 なに言ってんだ、という顔をするアザカに対して、皇は先ほど見たものを説明する。驚異の適合率100%の話を。「いや、でもなあ、うん……」「ん?」「い
皇はその存在の笑顔に魅了されながらも、ふと思い至る。(この世界の俺のアバターはどうなってるんだ……?) そんなことを思っていると、女性が女性の後ろにあるものを指し示した。それは鏡だった。 そして、そこに映る姿を見て、皇は少しげんなりとする。「現実の俺だ……」 鏡の前で動くと鏡の中の皇も全く同じ動きをして。そうして、皇はどこまで自分と言うものが再現されているのかが気になって、服の中を見る。 乳首の色、脇腹のホクロ、果てはナニの大きさまで完全にそれは現実の皇だった。 あんな首輪1個で全身の詳細な情報を取れるなんて……と、感動してしまう反面、そういうの医療の領域で活かせばいいのに、なんて思いが湧いてしまうぐらいだった。 そうして、その再現度合いに感動とも何とも言えぬ感情7割、いや、ゲームなんだからかっこいいアバター使わせてくれよ3割ぐらいの気持ちで居れば女性と目が合った。 女性は困ったように微笑めば、そのふっくらとしたピンク色の唇を開いた。「ようこそ、All World My handsへ。初回ログインを確認しました。ゲームで使用するお名前を決定してください」 そう女性が言えば、皇の前にキーボードが展開される。皇は「んー……」と悩まし気な声を上げながら考える。(確かに、現実の名前で呼び合うとゲームの世界観的に合わないよなあ……) そして、皇は更に考える。(俺はこの世界でなにをしにきた、金を稼ぎに来た。なんのために、俺の人生の勝利のために) そこまで考えて皇はニッ、と口角を上げる。そうして、キーボードでヴィクト、と打ち込んだ。(ヴィクトリーからそれっぽく取ってヴィクト、かっこいいだろ?) そうして、皇がエンターキーを弾けば、女性は言うのだ。「ヴィクトさんですね。これから、ゲームとの適合度を測定します。少々お待ちください」 すると、女性はその大きな瞳で皇のことをまじまじと見る。いや、多分この間に色々スキャンされたりしているんだろうけど。(それにしても……
皇はすっかりデメテールに、AWMに心を魅了されていた。とてつもない莫大な金額がゲームで稼げるかもしれないという現実に。そして、極めつけは親友である薊の言葉。薊とならまた楽しく、面白おかしく生活ができるだろうという期待。 薊からさし伸ばされた手を握ろうとデメテールを置けば。『遊城家の会見では———』 デメテールの下にはテレビのリモコン。どうやらテレビをつけてしまったらしい。そして、丁度そこには皇の勘当を発表する記者会見の真っ最中の映像が流された。 テレビの画面に映るのは懐かしく会っていない父親。その父親の顔は記憶にあるより老け込んでいて。(……当然か) 最後、皇が父親に会ったのは18歳の成人になる誕生日の日だった。その時も相変わらず冷淡に皇のことを見下ろして。〝精々この家に貢献するんだな〟 そんな言葉と共にブランド財布を贈ってきた父親。 テレビをぼんやりと見て覚えるのは懐かしさと、もう会うことはないという疎外感と。(こんなに老けてることも知らなかった) 10年も会っていないのだ、当然であろう。 でも、10年も会いに来なかった父親に恨みなんてものは皇は抱いてなかった。他のきょうだい達が遊城の家に貢献できている以上、皇にもその素養があったのだ。あったけど、開花させられなかった。だから、皇は淘汰されたのだ。そして、それが一族の掟なのだから仕方ない。(俺が遊城の家に生まれたのがなにかの間違いだったんだ) 心がささくれる。だけど、そんな皇の思考を打ち切ったのは薊だった。「んで、てめぇは俺と一緒にログインするか?それとも転売するか?決まったんだろ!?」 薊はデメテールの下のテレビのリモコンの電源ボタンを押し、テレビを消す。そして、俺に向かって八重歯を見せて笑うのだ。 そんな薊に向かって、皇は平身低頭土下座をして言うのだ。「薊大先生~~~~!AWMのことご教授賜りたく存じ上げます~~~~!」「おうっ、そうこなくっちゃなァ!」----------
アパートの中に入ってすぐ右手の部屋に皇は通された。「とりあえず、此処はてめぇの部屋な。此処は俺は入らねぇようにするから好きに使ってくれよ」「え、まさか部屋まで……!?」 正直リビングの住人になるだろうことは必須だと思っていた皇は部屋を用意してくれていた、という事実に目を丸くする。「つっても大して掃除されてねーから、掃除するまではリビングで寝ても大丈夫だ」「いやいや、まさか部屋まで用意してもらえるなんて……うはあ……マジ大旦那様様……」「俺に惚れてもいいんだぜ?」 そう顎の下に人差し指と親指を立ててかっこつける薊。そんな薊に縋るように感謝を示す皇。(うん、本当性別が違えば確実に惚れてたわ) 皇は立ち上がってその部屋に恐る恐る入れば、部屋の入口の電気をぱちり、とつける。そこは狭い、テレビ一台が置かれただけの畳部屋だった。多分6畳もないんじゃないだろうかという狭さ。だけど、元の遊城の家よりも確実に落ち着く、いい部屋だった。 早速スーツケースを下ろす。1時間と少しの長旅でくたくたになった体が物理的に荷物を下ろしたことによって軽くなる。 そうして、肩の凝りをほぐすようにぐるぐると腕を回し、皇は早速大して内容のない荷解きをしようとスーツケースを倒して開けた瞬間だった。「はあああああああああああああああああああぁ!?」 唐突なる薊のビッグ声量。その声を聴いた皇の肩はビクゥッ、と爆発音でも聞いたかのように揺れる。(なんだなんだ……!?え、不味いもんもってきたか!?) 皇は恐る恐る家主である薊の顔を見る。ここで、追い出されるなんてことになったら相当不味い。だが、皇の予想に反して薊は———目を輝かせて皇のスーツケースの中身を見ていた。「お前、このゲームを持ってやがったのか! しかも二台!?これ、めちゃくちゃ高いんだぞ、知ってたのか!?」「え、ええ……知らん……」 困惑をしながら皇は薊にこのゲームを手に入れた顛末を話す。もちろん、R-18部分は取り除いて。彼女ともいえない元彼女から
皇がゆったりと振り向いて、そこに居たのは。「何か用か、我が妹よ」 そう、妹。この家の皇以外のきょうだいの中で一番年上の長女だった。「自分から出ていくつもりなら好都合よ。この縁切り証書にサインして」 そう兄に対して上から目線で行ってくるのは遊城《ゆうき》 茜《あかね》。茜はふう、と息を吐きだして続きの言葉を口にする。「本当なら今夜の発表会のあとに署名させる予定だったけど、面倒だから今ここで済ませましょう。……貴方も出ていくつもりらしいしね」 そう床に高そうなボールペンと質のいい紙が投げ捨てられる。 長女の瞳はもう皇に対してなんの感情も抱いていなくて。……強いて言うなら面倒くさい、だろうか。(普通に渡してくれ)皇はその長女の高慢な態度にうんざりとしてしまう。だが、そんなことを思いつつもスーツケースが剥奪される様子はなくてそのことに皇は胸を撫でおろした。同時に、見ものだ、と言わんばかりに使用人たちが集まってきて。妹と弟も屋敷の2階の欄干に凭れ掛かって、悪意マシマシの笑みを浮かべながら皇と長女を……いや、皇だけを見ている。「あら、ついに大旦那様……」「もう大旦那様じゃないだろ」「次期当主の茜様に失礼だろ?あれを大旦那様だなんて……」「そうでしたね」 くすくす、くすくす、使用人たちの隠す理由もない悪意が皇に降り注ぐ。真っ当な神経をもつ人間だったらここで傷ついたり、恥をかかされた、と思うのだろうが……。(とことんやるなぁ……) それが皇の感想だった。しかも、使用人に対してではない、長女に対して、いや、遊城の家に対して、だ。普通、親子の縁切り話なんて恥の付きまとう話だ。それを公表しようという神経をまず皇は疑う。(しかも、証明書まで書かせるとはな……) 皇は用紙を緩慢な動作で拾い上げ、念のため、自身の不利になるようなことが書かれてないかを確認する。 そうして、10分ぐらいだろうか。内容は要約するとこんな感じだった。「はー……つま
———とあるボロアパートの一室。 それは皇との通話が繋がった瞬間だった。彼はいてもたってもいられずに声を上げた。「だーっはっはっはっはっ!」 その笑い声は歓喜の笑い声だった。また、あいつ———皇の側にいられる、皇を助けることができる。そんな思いで、口がはやる。「はははっ、聞いたぞ!いや、どこから聞いたかは言えねぇが!覚悟はとっくに決まってんだろ?俺様を頼るんだろ?今夜から寝るところがねぇって話じゃねぇか!はははははっ」 そんないてもたってもいられない風にはしゃぐのは、身長は自動販売機より少し大きいぐらい。茶髪を無造作に後ろで束ねた、少し目つきの悪い———甲斐堂 薊と言う男だった。 薊は通話先で沈黙を保つ皇に対して、出方を待つ。……と、同時に少し過度に明るく接し過ぎたか、とも不安を覚える。 もしかしたら、家族との別れを惜しんでいたかもしれない、もしかしたら、家から離れたくなくて、その現実を受け入れられないのかもしれない。(ヤベ、ミスったかァ……!?) 薊は内心焦りながら、電話先の反応を待っていれば———。「ありがたき幸せに存じます、大旦那様! 今すぐ荷物をまとめてご恩にすがりますゆえ、どうかこの私めをお見捨てなくぅぅ」 そんないつも通り、というか、いつもより少しふざけているような皇に内心ホッ、と息を吐きながら言うのだ。「はっはっはっ、まあ、つっても極狭ボロアパートなのは容赦しろよ?皇んちに比べれば犬小屋もいいところだからな」「めっそうもございません!広いだけしか取り柄のない我が家と違って様々な知恵と工夫が取り込まれているじゃないですか~」 少しの応酬で皇が気落ちしていないことを確認すれば、薊はその様子にニッ、と口角を上げて言うのだ。「つーことで、アレか。今日は引っ越し祝いになるのか?」 そう言うと、間が開く。すると、電話先で空気を吸い込む音が聞こえる。(これは) それは、皇の考える時の癖だった。そして。「たし、かに……?ていうことは……?」「つー